ピープルマネジメントと人心掌握

ほとんどの企業では、序列がある。階層、ヒエラルキーと言ったほうが適切か。

新入社員、入社3年目、班長、課長、部長、本部長、執行役員、取締役、代表取締役社長、などなど、商法や会社法の定義のものやそれ以外の定義で色々な名称の役割、役職がある。

階層になっているのであれぱ、職階か。

職階が上がるほど、オエライサン、になってゆく傾向がある。

オエライサンは、偉いのか?

と問われると、そもそも人の世に偉い行いはあるが、偉い人はないとは思うのだが。

まあ、一般的には職階が上がるほど、部下が多くなる傾向がある。そして、権限も責任も多く高くなる傾向もある。組織が定義した権限を使って部下を統制する。組織が定義した責任を果たすために。

その組織が定義した責任を果たすために、目標が設定され、それを達成するために、権限は使われる。もちろん、使わない場合もある。

しかし、権限で統制される部下は、その上司が使える権限で命令されたり指示されたりすることは、ある程度発生する。部下を統制できる権限、それが、責任を果たす者には多くある傾向が強い。

さて、そんな責任を果たす人にも色々な人がいる。命令、指示だけで部下を統制する人、命令は極力使わずにお願いする人。コーチングスキルを上手く使う人。

目的は、たとえばオペレーション領域であれば、部門長自身が管轄している部門の業務アウトプットを出すことだ。製造業は分かりやすいが、決められた品質のものを、決められた数量をアウトプットする。そのときに、決められた費用内で、成し遂げるのだ。

それが、部門長が果たすべき責任の一つであり、責任を果たすために権限を使うことの理由になる。

部下が発揮するアウトプットは、部下それぞれで能力差があるとすると、シンプルに考えると、能力差のあるアウトプットの集合体が組織のアウトプットになる。

シンプルに考えると、としたのは、組織の関係性や外部要因など、また人々の協働の強さなど他の要因を一旦考えずに、とのことである。実際の組織のアウトプットは個々人のアウトプットの集合体ではない、とても複雑なものであるので、ここではまずはシンプルに考えたい。

では、ある固有の部下の発揮するアウトプットは、いつも同じか?

人間の生み出すシゴトの価値は、状況により変化する。その生み出す価値の大きさを左右する要素の中で大きなものは、やる気かもしれない。動機、モチベーションと言われるものだ。

この、モチベーションを高めることそのものが、上司の責任に定義されている場合もあるし、上司の責任には定義されていないが上司の業務責任を果たすために重要と認識されていたりする。

やる気。それを高めるために、動機づけをする。内発的動機づけ、外発的動機づけ、つまり、自分自身の内部でやる気を高めることや、外部からの影響により高まるやる気がある。と。言われている。

外発的動機づけは、報酬を与える、良い評価を与える、競争や比較によって負けたくない気持ちをつくる、やらないことに罰を与える。など。

ほとんどの人は、報酬が上がったり、高いボーナスが得られるのであれば、やる気も高まるだろう。

他者からの良い評価については、ほとんどの人は嬉しいと感じるだろうが、その強さには幅があるとおもう。

内発的動機づけはどうだろう?

シゴトそのものが自分の興味や好みと合致していて面白い、成長実感がある、仲間と協働できている、自分の夢に直結している、など。

まあ、細かいところはAIに聞いてみると色々出てくる。

さて、ここで、ピープルマネジメントの視点でいろいろと考えてみる。

まず、筆者は、人を支配するのが大嫌いだ。そして支配されるのも大嫌いだ。支配されるのが大嫌いだから、支配することをしない。

筆者とは異なり、支配されるのが嫌いだから他者を支配する、という人もいる。そのような人は少なくないと感じる。

筆者とは逆に、支配されたいと思う人もいるのかもとは思うが、筆者にはその気持ちは全く分からない。

筆者はある程度のコーチングスキルを持っている。それは、仕事上の役割としての、コンサルタントとしても、コーチとしても効果的に使えるスキルだからだ。

コーチなのか?コンサルタントなのか?と言われると、まあ、企業変革パートナーだ。いろいろなスキルを混ぜ合わせて使っている。なので、ビジネスコーチを専門でやっている方には、筆者のコーチングには違和感を覚える方も多いかもしれない。

ただ、筆者は、目的に合わせて柔軟にスキルを使っているだけであり、もしかすると無意識にもミックスしてしまっているため、コーチングとはこうあるべきだ、と考えている方には違和感があるかもしれない。

そのようなピープルマネジメントに効果的なスキルは、人心掌握にも使える。

社内政治で良いポジションをつくるためにも使える。

筆者は人を支配するのが大嫌いなのでそのようなスキルを人心掌握には絶対に使わないが、社内の仲間にそのようなスキルを使ってくる人もいる。

そして、そのようなスキルをあまり持ち合わせていない相手が、そのようなスキルを使われると、人心掌握されてゆくこともある。

もちろん、場合によってはやる気を高め、良い結果を出すこともあるし、場合によってはスキル使用者を信頼し尊敬するかもしれないし、もしかするとスキル使用者の下僕になってしまうこともある。

対して、筆者にそのようなスキルを使ってくると、筆者はすぐにわかる。そして、スキルを使ってマウンティングしていると感じることで、やる気はダダ下がりになることもある。

社内政治も人心掌握も大嫌いな筆者は、そのような効果的に使えるスキルが悪用されているのを多く知っている。なので、昔にはなかったそのようなスキルを使うことへの一種の嫌悪感が高まってしまったのも事実。

スキルはチカラだ。チカラは使い方によって善にも悪にもなる。それを知っていて、意識して悪用するスキル使用者もいる。

スキル使用者には悪用の意思がなくとも、相手のため、と、信じて使い、結果として相手のためにならない使い方になっているスキル使用者もいる。

相手のために使い、そしてそれがしっかりと相手のためになっているスキル使用者もいる。

筆者は多くの実戦を繰り返したが、スキル使用者として、スキルを使用することが相手のためになるのか、いや実は相手のためにならないのではないか、と、そうやって迷うことや分からないことが多くある。

なぜならば、他者の心の中は、そう簡単に見えるものではないからだ。 人、組織は、難しい・・・。